医療型特定短期入所事業「小さなあしあと」-医療法人やまとコールメディカル福岡
岩野 歩 理事長に聞く
― 医療型特定短期入所事業「小さなあしあと」が宗像市に根づくまで ―
医療的ケアが必要な重症児者と、その家族が、住み慣れた地域で安心して暮らし続けるために。
宗像市にある医療型特定短期入所事業所「小さなあしあと」は、そうした切実なニーズに真正面から向き合う場所だ。
この施設を立ち上げたのは、医療法人やまとコールメディカル福岡の理事長であり、在宅医療の現場に長く携わってきた岩野 歩 理事長。
「小さなあしあと」は、決して最初から完成形を描いて始まった事業ではない。
一人の患者、そしてその家族の現実を前に、「このままではいけない」と感じたことが、すべての始まりだった。
行き場を失った医療的ケア児との出会い
「自分が診ていた患者さんの中に、医療的ケアがどんどん増えていった子がいました」
人工呼吸器などの医療機器を必要とするようになり、これまで通えていた通所施設からは「これ以上は対応できない」と告げられた。
その結果、その子は行き場を失い、母親が自宅で24時間看病を続けるしかない状況に追い込まれた。
「その子だけが特別だったわけじゃないんです。
これから同じような状況になる子たちは、確実に増えていくと思いました」
当時の宗像市には、人工呼吸器を装着した重症児者が安心して利用できる通所・短期入所施設がなかった。
親たちは福岡市や北九州市まで足を延ばし、限られた枠を争うように利用せざるを得ない。
急な利用はほぼ不可能で、仕事との両立も難しい――そんな現実があった。
「地域にないなら、自分たちで作るしかない」
岩野理事長は、そう決断する。
レスパイトの裏にある“後ろめたさ”
「小さなあしあと」が掲げる大きな目的の一つが、介護者のレスパイトだ。
しかし岩野理事長は、レスパイトという言葉の裏側にある、家族の複雑な心情を語る。
「意外かもしれませんが、親御さんの中には“預けること”に後ろめたさを感じている方が少なくないんです」
“自分が楽をするために預けていいのだろうか”
“この子のためになっているのだろうか”
そうした思いを抱えながら利用を検討する家族も多いという。
「だから医療的ケアだけを提供する場所では、十分じゃないと思いました」
医療だけでは足りない。療育が加わってこそ意味がある
立ち上げ当初、岩野理事長が最優先に考えていたのは医療安全だった。
「事故を起こさないこと」「医療的ケアを確実に行うこと」。
それ自体は当然であり、重要な視点だ。
しかし、実際に他施設を見学し、利用者家族の声を聞く中で、考えは変わっていった。
「医療的ケアと入浴に特化した施設は多いんです。
でも、それだけでは親御さんのニーズは満たせない」
そこに必要だったのが「療育」だった。
療育が加わることで、子どもにとって「意味のある時間」になる。
家族にとっても、「預けている間、成長につながる経験をしている」と感じられる。
そして職員にとっても、仕事のやりがいやモチベーションが大きく変わる。
「療育は、もう切っても切り離せない存在です」
入浴と送迎――当たり前を当たり前にするために
「小さなあしあと」では、利用者全員が入浴を行う。
医療機器を装着したままの入浴は、リスクも高く、人手もかかる。
それでも続ける理由は明確だ。
「みんな、本当はお風呂に入りたい。でも家では難しい」
看護師を含む3人体制で、特に気管カニューレ周辺の管理に細心の注意を払う。
「絶対に譲れない部分」だと岩野理事長は語る。
また、送迎についても当初の想定を大きく超えるニーズがあった。
「親御さんに連れてきてもらう形だと、仕事に行けなくなるんです」
現在は必ず医療従事者が同乗し、痰吸引や痙攣時の対応ができる体制を整えている。
一方で、送迎は人手とリスクを伴うため、事業拡大の大きな課題でもある。
「ニーズは高い。でも無理はできない。そのバランスが難しいですね」
医療型だからこそできる“攻めの支援”
定員は申請上6名。
重症児者が対象である以上、急変や長期入院は避けられず、実稼働は5名前後になる。
「1人抜けると、そのまま経営に響きます」
綱渡りのような運営の中でも、「医療型」であることが大きな強みになっている。
「医療に詳しいから、怖がらずに踏み込める」
人工呼吸器を装着したまま外出すること。
医療機関が併設され、医師がすぐ駆けつけられる体制があるからこそ、挑戦できる支援がある。
「福祉型だと、どうしても慎重にならざるを得ない部分もありますから」
わずかな変化にこそ、価値がある
成長について尋ねると、岩野理事長は率直にこう語る。
「正直、自己満足かもしれないと思うこともあります」
目の動きが少し良くなる。
視線を追う回数が増える。
変わらないように見える日も多い。
それでも、その“わずかな変化”は、家族にとってかけがえのない喜びになる。
「長く変わらなかったからこそ、その変化が嬉しい。
それにはちゃんと価値があると思っています」
「弱い人を支える地域は、強くなる」
岩野理事長が最後に語ったのは、「小さなあしあと」が地域に果たす役割だ。
「医療的ケア児者は、たぶん一番弱いかもしれない人たちです。
でも、その存在自体を知らない人が多い」
公園に行く。
ショッピングモールに行く。
レストランに行く。
“普通にそこにいる”姿を知ることで、地域の意識は変わる。
「災害が起きたとき、この子たちをどう守ろうか、自然と考えるようになる。
そういう地域は、結果的にすごく強い」
「小さなあしあと」は、支援の場であると同時に、
人と人をつなぎ、地域を育てるための“架け橋”なのだ。



















