東京科学大学・橋本正良教授に聞く「総合診療医の役割と高齢者医療の現場」
東京科学大学の橋本正良教授に、総合診療医の専門医制度や診療体制、高齢者医療における包括的評価の実践についてお話を伺った。
総合診療医とは何か
―総合診療の専門医制度の導入により、医療現場やチーム医療はどのように変化しましたか?
橋本教授はまず、総合診療医の誤解について触れる。「総合診療医はスーパードクターではありません。何でも診られる魔法の医者ではなく、臓器別の専門医と連携しながら患者さんの困りごとを聞き出し、対応していく専門医です」と語る。
具体的には、糖尿病や心臓疾患など臓器別に専門知識を持つ医師が患者の治療を行う一方で、総合診療医は多様な患者の問題に向き合い、必要に応じて血液内科や整形外科、事務関係まで含めたトータルケアをマネジメントする。臓器別の専門医が提供する最適な治療を尊重しつつも、総合診療医は患者の生活背景や複数疾患を総合的に考慮してケアの方針を決める役割を担うという。
橋本教授は、「アメリカでは ‘Your Specialist’ という表現があるように、臓器別専門医と総合診療医は役割が異なる。総合診療医は、患者が困っていることにどう対応するかを考える専門医です」と説明した。
診断が難しい患者へのアプローチ
―診断の確定が難しい多臓器症例や症候群への対応についてはどのように行っていますか?
橋本教授は「魔法のような方法はありません」と前置きし、基本は地道な問診と情報収集だと語る。特に大学病院に紹介される患者は既に一般的な病気は診断済みであり、多くは特殊例や高齢者の多疾患患者であることが多い。
その場合、総合診療医は知識を総動員しながら、診断困難な患者の優先順位を判断する。例えば、高齢者で予後に影響の少ない前立腺がんが見つかっても、症状が出ていなければ必ずしも積極的治療を行わず、患者と相談しながら治療方針を決定する。橋本教授は「総合診療医は、単に病気を治すのではなく、ケアの重要性を考えられる専門医です」と強調した。
総合診療科では、教育用パンフレットや標語「ひとを診る。未来を拓く。」を用い、チーム全体でこの理念を共有している。標語やマークは学会発表にも用い、総合診療医の役割を広く周知する工夫をしているという。
高齢者医療と包括的評価(CGA)
―高齢者医療における包括的な評価(Comprehensive Geriatric Assessment:CGA)の実践について教えてください。
橋本教授によると、CGAは非常に項目が多く、外来では7項目に絞った「CGA7」を使用しているが、すべての患者に完全に適用しているわけではない。特に認知機能低下が疑われる場合には、患者本人だけでなく家族や隣人、友人からの情報も収集する。入院時には看護師や栄養士、精神科医など多職種の協力を得て、社会的背景や身体機能、栄養状態、心理的状況などを評価しているという。
教授は、「高齢者のうつ病は増えている印象です。特に一人暮らしの男性は孤立しやすく、社会活動や若い世代との交流が重要です」と述べた。地域包括ケアシステムやデイケア活動を通じて、体を動かすことや社会参加を促すことが高齢者の健康維持につながると説明する。

総合診療医育成の現状
橋本教授は、総合診療医になるには病院での診断困難例対応だけでなく、クリニックや訪問診療での経験も必須であると語る。初期研修の後、3年間の総合診療科研修では、病院・クリニック・訪問診療の両方で研修を積むことが重要であり、これにより多様な患者の問題に対応できる能力を育むという。
また、日本における「総合診療医」という名称は、かつて家庭医と訳され、軽視される傾向があったが、アメリカの経験を参考にして現在の名称に落ち着いた。臓器別専門医が増える中で、総合診療医の必要性が改めて認識されていると話した。
橋本教授は、総合診療医は特定の臓器に特化した「スーパードクター」ではなく、患者一人ひとりの困りごとを聞き出し、多職種と連携して総合的にケアする専門医であると強調する。診断困難な症例に挑むだけでなく、高齢者医療や地域医療において、日常的に患者を支える役割が求められている。
「普通の医師が普通の患者をしっかり診られることが、総合診療医として最も重要なこと」と橋本教授は語った。



















