新年のご挨拶と在宅医療への想い 2026年初春

Interview

新しい一年を迎え、皆さまに心よりご挨拶申し上げます。私たちはこれまで、江戸川区で「誰も見捨てない医療」を胸に、重い病を抱えた方のお看取りから、外へ出られない方、ひきこもりや不登校で苦しむ子どもたちまで、あらゆる“生きづらさ”に寄り添ってまいりました。

金子みすゞさんの詩にあるように、「みんなちがって、みんないい」。その言葉は、私たちが日々の現場で何度も実感します。同じ病気でも、同じ状況でも、苦しみ方も希望の持ち方も一人ひとり違います。だからこそ、医療も介護も、ただ“その人の思い”に対してそばにいることが何より大切だと感じています。

地域のケアマネジャーさん、訪問看護師さん、ヘルパーさん、施設職員の皆さま、薬局や行政の皆さま、いろんな方々が在宅の現場には精一杯関わってくれています――皆さまとの連携があってこそ、さまざまな環境でもどんな病気でも自宅での「幸せな最期」を支えることができます。私たちしろひげ在宅診療所も、医師をはじめ全て常勤のスタッフで、今年も24時間365日、緊張感を持って力を合わせてまいります。

詩人の茨木のり子さんは「自分の感受性くらい 自分で守れ」と綴りました。

私たち自身も、忙しさに流されず、“人を思う感受性”を失わずにいたい。

そして地域の誰もが、安心して暮らせる江戸川区であるよう、足元を大切に、地道に歩みを続けてまいります。本年も皆様方の心が温かく、当たり前の幸せのなかで過ごされることを心からお祈り申し上げます

正解のない日々を、一緒に生きるということ

在宅医療の現場にいると、家族や介護職の方から、こんな言葉をよく聞きます。

「これで合っているのか、分からなくなるんです」

とても正直で、そして大切な言葉だと思っています。

介護や看取りの環境は、テストのように答えが用意されているものではありません。どれだけ準備をしても、どれだけ話し合っても、迷いは必ず生まれます。笑顔でいられた日もあれば、何もできなかったと感じる日もある。その揺らぎそのものが、「真剣に向き合っている証」なのだと、私は思います。

私たちはつい、「いい介護」「いい家族」「いい支援」を目指そうとします。でも現場で本当に大切なのは、うまくやることよりも、「そこにただ居続けること」ではないでしょうか。声をかけられない日があってもいい。何もできずに、ただ隣に座るだけの日があってもいい。その時間は、決して無意味ではありません。

介護職の皆さんもまた、「支える側」として孤独を抱えがちです。専門職だから強くなければいけない、感情を出してはいけない、そう思い込んでしまうことがあります。でも、人を支える仕事に感情はつきものです。迷い、悩み、時に立ち止まることは、決して弱さではありません。むしろ、人として自然な姿です。

あるご家族が、看取りのあとにこう話してくれました。

「何が正しかったのか、今でも分からない。でも、あの時間を自宅で一緒に過ごせてよかった」

その言葉に、私は在宅医療の本質が詰まっていると感じました。正解だったかどうかより、「ただただ一緒にいた」という事実が、その人と家族の最期の時間が素敵なものになったのだと思います。

在宅での介護や看取りは、決して家族だけで背負うものではありません。医療や介護の専門職は、答えを示す存在ではなく、「一緒に考え続ける仲間」でありたいと思っています。うまくいかない日も含めて、その人らしい時間を支える。それが、私たちが目指すチームのかたちです。

完璧でなくていい。迷いながらでいい。

正解のない日々を、誰かと一緒に生きること。

それ自体が、すでに十分すぎるほどのケアなのだと、私は信じています。

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