全身を診る医師として―蒔田先生が在宅医療にたどり着くまで
沖縄で学生時代を過ごし、千葉で医師としてのキャリアを積み、そして在宅医療へ。
蒔田先生の歩みは、専門性を深めながらも「医師として何を大切にしたいのか」を問い続けた軌跡でもあります。
情熱ある医師たちに惹かれて選んだ、耳鼻咽喉科・頭頸部外科
大学は琉球大学。沖縄で学生生活を送り、卒業後は出身地である千葉に戻り、千葉大学で医師としての道を歩み始めました。初期研修後に選んだのは、耳鼻咽喉科・頭頸部外科。最初から強い志望があったわけではありません。
「千葉大の耳鼻科・頭頸部外科の先生方が、本当に情熱的でアグレッシブだったんです。この先生たちと一緒に働きたい、そう思ったのが一番の理由でした」
大学病院や近隣の総合病院で数多くの症例を経験し、大学院にも進学。学位を取得し、臨床と研究の両立に取り組む日々を過ごしました。
結婚を機に見つめ直した、働き方と人生のバランス
転機となったのは、2016年の結婚でした。千葉大学の頭頸部外科は、手術件数も多く、手術時間も長い。術後管理も含め、非常にハードな現場です。
「結婚後、プライベートとのバランスが取れなくなってしまって。このまま続けるのは難しいと感じました」
そこで選んだのが、耳鼻科クリニックでの雇われ院長という道。オペはなく、外来中心の診療。3年間、地域医療に向き合いました。
「全身を診たい」——再び芽生えた医師としての原点
外来中心の生活は、家庭との両立という意味では大きな助けになりました。一方で、心のどこかに物足りなさも残っていました。
「やっぱり手術が好きだったんでしょうね。それに、耳鼻科はどうしても局所を診る診療になります。学生時代に全身を学んだのに、それを活かせていない気がして…もったいないな、と」
もう一度、全身を診る医療がしたい。その想いが、次の選択へと蒔田先生を導きます。
偶然の出会いから始まった、在宅医療への一歩
当時住んでいた瑞江で、求人登録を通じて届いた一通の案内。「瑞江徒歩2分・訪問診療」という文字が目に留まりました。
在宅医療については、正直ほとんど知識はなかったといいます。それでもホームページを見て、山中院長の経歴や考え方に触れた瞬間、直感的に感じるものがありました。
「全身を診られそうだな、院長も面白そうだなって。気づいたら、翌日に問い合わせをしていました」
面接を経て、そのまま在宅医療の世界へ。迷いや葛藤を感じる暇もなく、久しぶりに向き合う“全身診療”に、ただひたすら目の前のことを吸収する日々が始まりました。
専門性と在宅医療が重なる場面
耳鼻咽喉科医としての専門性は、在宅の現場でも確実に活きています。特に多いのは、耳のトラブルに関する単発の相談。中でも耳垢の処置は少なくありません。
「訪問診療に入っている患者さんでも、耳の対応までできていないケースは多いんです。『お願いできますか』と連絡をもらうこともあります」
しろひげで学んだ「在宅医療の姿勢」をそのままに
診療所の特徴を問われても、蒔田先生はこう話します。
「特別なことをしているわけではないんです。5年間、しろひげで揉まれてきたので、しろひげのやり方をそのままやっているだけ」
24時間365日、居宅を中心に患者さんと向き合うこと。患者さん本人だけでなく、ご家族にも丁寧に寄り添うこと。その姿勢こそが、蒔田先生の在宅医療の軸です。
地域に根ざすために、大切にしていること
地域連携で意識しているのは、顔の見える関係づくり。
「FAXや書類だけじゃなくて、やっぱり直接電話をする。地域ケア会議や包括の集まりにも、できるだけ参加しています」
板橋区は外来と訪問診療を併せて行うクリニックが多く、在宅専門として入り込む難しさも感じています。それでも、少しずつ信頼関係を築き、紹介してくれるケアマネジャーも増えてきました。
大きな目標より、目の前の人を大切に
最後に今後の抱負を尋ねると、蒔田先生は穏やかに語ります。
「正直、大きな抱負はないんです。目の前の患者さんとご家族に向き合って、頼まれたことを一つずつ、地道にやっていく。それだけです」
板橋という地域で、必要とされる医療を続けていくこと。その積み重ねこそが、蒔田先生の目指す在宅医療のかたちなのかもしれません。




















